書きヨガ〜コラム&ブログ編〜

書きヨガと称し、ヨガの世界観をベースに日々の生活や人生を見つめる、"ヨガポエム"をHP内にて綴っております。 不定期更新ですが、宜しければ、HPにも遊びに来て下さい。 LIFE INCLUSIVE https://www.yoga-inclusive.com

衝動なんかではなく

f:id:life-inclusive:20210419175156j:image

書きヨガを最初にやり始めたのも、ヨガの養成コースを卒業してすぐの頃だったので、かれこれ丸2年以上前になります。


きっかけに、どんな思いがあったかというのを率直に書けば、正直あまり綺麗な感情ばかりではなくて、強い焦りのようなものに駆られた中の、自分も何かしなきゃという"衝動"だったと思います。


誰かに何か届けたいとか、伝えたいとか、その時点でない事もなかったけど、最初はとにかく、自分も頑張ってるんだ!っていうのをどこかに、何かに形にしないと、自分の中の湧き起こるものを処理出来なかった。


それは、こうやって書いてるよりも、もっともっと激しい感情として。そして、もっともっと熱を帯びたものとして。


それが良いのか、悪いのかは分からないですが、でも時として自分の中で何か新しいエネルギーが芽生える時の、きっかけや原点みたいなのって、こういう事でもあるんですよね。


因みに、少し前に、インド神話の本を読んだんですが、そしたら、インドの神様って、怒りのような激しい感情から生まれた神様っていうのが凄く多いんです。というか殆ど怒りからなんです。


〜に怒った何とかがみたいなのがあって、大体そこから始まっていく。しかもその怒り方が凄くて、その怒りから、何をどうして、どこがどうなってで、もう無茶苦茶です。でもだからこその独創的な世界でもあるんですが。


別に私の中に、凄い怒りの感情があったとかでは全くないですよ。ただ、何かが生まれる時の力として、熱の力、即ちヨガでいう所のタパスみたいなものが、私の中にもあったなというのは凄く感じています。


私の中のこんな些細な事と、神話の中の神様を重ね合わせて考えてしまう所が、また私の浅はかな部分ではあるのですが、だけど、ヨガって、そこにある学びを、自分の人生に何でもいいから当て嵌めて眺めてみると、必ずこうやって、結びつく何かが絶対にあるんです。この時のこれはこういう事かっていう、答え合わせをずっとしているみたいで面白いです。


そして書きヨガについては、いつもいつも書く事ではあるのですが、分かりやすくそれを確かめる為の一つの手段でもありますよね。私自身も、今なおこうやって書きながら、色々な事を確かめたり、気づいたり、そういう結びつきを常に繰り返しています。


最近は、書きヨガとしては何もやってないという事はないのですが、だけどヨガポエム自体の更新というのは、全然してないです。


ブログも久しく書いてなかったし、もっぱら自分の中の日々の実践として、日記のように書き続けてるような感じです。


というのも、自分の中でヨガポエムというタイトルで書けそうな事というのは、現時点においては、ある程度ですが書けたのかなっていうのもあるんです。

 

無理して書こうと思っても、私は器用に要領よくなんかは出来ないし、それにずっと熱、熱、熱、ばかりで正直疲れてきたのか、最初の頃と比べて、今はまた違う感覚の中で書きヨガもやれてるとは思います。


これもヨガっぽく勝手に解釈してみれば、高い熱量からボンって生まれたものが、いよいよ次にどう維持され、そして浸透していくのかっていう、新たな段階に進んできたという事でしょうか。


決して気持ちを切らした訳ではないけど、その気持ちというのも、まだまだ弱々しさもありつつですが、今は割と真っ直ぐ伸びたものが、軸や柱になっているといるなというのは、実感としてあります。


あと、ヨガポエムは最初にやり始めた時に、とある目標を立てて始めたんです。

 

近い人には宣言をしたりもしましたが、自分の胸の中に秘めたものもあって、だから、そこに向かっていく事を考えたら、これで終わりになるという事もありません。


中々、自分で上手く手綱を引いて、コントロールしながらは進まないのですが、でもそこにある味わいっていうのは、いつでも"だからこそ"でもありますから。

 

もし上手くいかなければ、上手くいかないもどかしさもまた、何か新しい事が生まれる為の熱量にもなるかもしれないし、とにかくそこに在り続けさえすれば、何も無駄な事はないと、そう思える所に収まる可能性があるんです。

 

あくまでも可能性ですよ。

 

何も断言して分かる事なんてこの世にはないのですが、それを信じるっていう事が、その可能性を持ち続ける事でもあり、その可能性がまた力となっていく事もある。

 

いつも、ここに関しては、整えてもすぐ揺らいでしまったりもするのですが、少なくとも可能性の段階から、自分で手放す必要はないなっていうのは最近よく思います。

 

そして、いつか胸を張って、自信を持って、そう人に伝えられるような人生になったらいいですよね。

 

今は、とりあえずでも、少しずつでもいいので、まずは自分で自分に出来る事から積み重ねていきたいし、そして、これもまた次の段階なのかもしれませんが、やがてはそこから、誰かの為に、そして何かの為にで、もっと自然な形で歩みが進んでいく事を望んでいます。

 

それは衝動的な思いなんかではなく、自分の中の確かなる思いとして。

 

その可能性をしっかりと、この手に掴みつつ、今日はこの辺で。

 

それでは、また。

 

両方次第

f:id:life-inclusive:20210214205553j:image

幸せも、嬉しいも、楽しいも、やっぱり他人次第な所もあるのかなと思うんです。


だって、他人に優しくされたり、褒められたり、認められたり、良くしてしもらえたら、それって普通に嬉しいし。


少なくとも他人に冷たくされたり、けなされたり、裏切られたり、嫌な事されたら、嫌な気持ちになる。


凄い極端な例の出し方をしてるけど、それをどう感じるか、どう捉えるか、どう引き寄せるかは"自分次第"って、確かにそうかもしれないけど、でも自分次第で自由なんですよで委ねられても、簡単じゃなかったりする事ってありますよね。


例えば、もう少し具体的に言ったら、

"おい!お前!"って冷たく挨拶されるより.、"こんにちは!◯◯さん!"って優しく挨拶された方が普通に嬉しいじゃないですか?


難しい顔して、あん?って睨まれるより、優しくニコってしてもらった方がいいに決まってるし、困ってる時に、何やってんだよ!って言われるより、どうしたの?って言われた方が普通に安心するし、馬鹿野朗、この野朗言われると、それだけでちょっと傷つきませんか?腹も立つし。


もし、そういうのを気にしないとか、負けないとかが強さだっていうなら、私は弱い人間でもいいし、そんな事気にするなんて、神経質だみたいになるなら、神経質でもいい。

 

多分、無理して、自分らしくいるなんて事も出来ないと思う。


全部極端な例になっちゃうんですけど、でもそこは当たり前に、そういう感じでも良いと思うんです。

 

他人に対しての心掛けの一つというか、

もっと、シンプルに書けば、

 

思いやり?


自分次第かもしれないけど、

でも他人次第でもあるんです。 


因みに、私は欲張りな人間なので、出来れば両方から普通に、楽しいとか嬉しいとかを感じたいです。


自分も自分次第の心掛けの中で努めていくので、その内の何割か位は、無条件で何も考えず、何もやらない中で、他人次第に委ねたかったりもします。


勿論、そこが強くなり過ぎていってしまうと、これはこれでバランスを欠いた形にはなるので、あくまでもどっちがどうとかではなくて、両方大切だし、両方必要であるという中の、そういう要素もあるんですよっていう事ですかね。

 

その2つがあって、一つみたいな。

 

皆さんは、どうですか?

こういうバランス感覚って意識する事なく取れたりしますか?

 

別に自分次第、自分次第で、気負い過ぎなくて良いんだとか、頑張り過ぎなくて良いんだみたいな事を、言いたい訳ではないんですよ。

 

だって、自分次第でもあるし、自分次第だって思って頑張る事も大切だし、それが自分で自分にとって出来る事にもなるし。

 

ただ、これは私自身にとっても悪い癖なんですが、本当は、どっちも大切なはずなのに、時々どちらかを成立させる為に、どちらかを否定したり、打ち消したりして、なんでもかんでも、どちらか一方に収めようとしてしまう事があるんです。

 

正直、私は人にどう思われるのかなとかも、いつも気になるし、こういう風に思われたい、思われたくないもあるし、あと凄い他人と自分を比べるので、そこに対しての迷いや、葛藤みたいなのもいつもあります。

 

だからかなのか、どうしても余計に、自分次第っていう言葉や、誰かと比べずとか、自分らしくとか、そういうフレーズにも惹かれるし、そうありたいって凄く思う。

 

でも、そう思えば思う程、結局それって簡単じゃないなっていう所で躓くんですよ。

 

自分次第なんだ、

誰かと比べたりしないんだって思えば思う程、

 

結局、比べまくってしまうし、他人次第になってしまう。

 

そういうものなんですよね、人間って。

気にするなって言われると、絶対に気にしてしまうみたいな。

 

なので、時々自分の中でバランスを取ろうとするというか、一旦ひっくり返す位にして、少し極端な例を出したりもしながら、同じものを改めて眺め直してみるっていう事もしてるんです。

 

これまでの、書きヨガも、割とそういう視点になってるものがあるのかなと思います。

 

ヨガでもよく、バランスが大切ですよとか、調和が大切ですよって言いますよね。

 

それは、良いも悪いも、どんな要素も同じ事ですから。

 

自分がどんなに良いなって思ったり、自分にとって必要だなって思うものも、気づくと偏りになってる事ってあるし、本来なら、自分を助けたり、より良くしていく為のものが、いつの間にか自分を縛りつけていってしまう事もある。

 

人それぞれ抱える現実も、理想もそれぞれだし、それは常に流動しているものなのだから、その時、キラキラ輝いて見える一つの側面に縛られ過ぎる事なく、一見すると相反するような、それ次第も、これ次第も、そこは上手く見極めながら、その時に合わせて、上手く使っていく位の感じで良いのではないでしょうか。

 

たまには、全部他人のせいにしてみるとか、どうですか?

 

あるいは、全部他人に委ねてみるとか?

 

あくまでも、"両方次第"の中での、

"たまには"の一つですからね。

 

そこは、偏り過ぎていかないように。

 

今日はこの辺で。

それではまた。

 

HP: LIFE INCLUSIVE

https://www.yoga-inclusive.com

 

 

迷いは、迷いを超えて

f:id:life-inclusive:20210131200212j:image

最近HPのタイトルを変えたんですよ。

 

気づきましたか?

 

URLは変わってないのですが、タイトルだけYOGA INCLUSIVEから、LIFE INCLUSIVEに変えてます。

 

特に深い意味は無いんですけどね。

ただの気分転換みたいなものかな。

 

YOGAでもLIFEでも、意味としては同じようなものですし。(またすぐに戻すかもしれません。)

 

"YOGA IS LIFE(人生、生活、生命)"。

 

YOGAを通してLIFEを見つめる。

LIFEを通してYOGAを見つめる。

 

真ん中に何が見えてきますか?

 

ずっと、ずっとそんなような事をやってるんです、書きヨガって。

 

楽しいか楽しくないかで言ったら、あまり楽しくはないかもしれませんね。

 

粛々と毎日、一人でずっとやり続けていても、正直飽きる気持ちもあります。

 

マットの上で身体動かしている方が、ずっと楽しいし、私はそっちの方が今でも得意です。何でこんな事やってるのかなとか、たまに訳が分からないですから。

 

だったら、やらなきゃ良いんでしょうけど。

 

でも、楽しくはないけど、何度も何度も私は救われていますよ。

 

日々の葛藤も、迷いも、その他揺れる思いの数々も、書きながら、形になりながら、最後にYOGAという一つの器が丸ごと受け止めてくれるんです。

 

例えどんなに散らばっても、最終的にはこぼれる事がないし、まさに無駄な事がない。

 

そこに至るまでは、勿論大変でもあるけど、でも最後には必ず、一つに収まり、そして一つに繋がるという事を、書きながら、書きながら、積み重ねる事が出来たし、それが何よりも私の中の一番の根拠のようなものにもなっています。

 

正直、グルグル葛藤してる時って、綺麗な事や前向きな事ばかりがグルグルしてる訳じゃないですよね。

 

馬鹿野朗も、この野朗もあるし、表には出来ない、卑屈や不安も心配も沢山ある。

 

そして、そんな自分に疲れたり、

いい加減嫌になる事もある。

 

でも、それを含めてですから。

 

一つの大きな器の中の、

"ありのまま"って。

 

喜も憂も、良いも悪いも、それらは私達の人生、そして日々の生活の中に、遍くように形を変えて存在しているもの。

 

だけど、グルっと一周して眺めてみれば、表裏一体、どこから見ても中心は一つだったりもします。

 

そこには変わらないものがある。

 

揺れるものが、

一つに収まった時、

一つに繋がった時、

 

または、その事を迷いの中でも信じる事が出来た時、

 

これはヨガっぽく言えば、祈りの力のようなものかな。

 

迷いは、迷いを超えて、

 

今度はその一つ一つが、

 

自分にとっての、

そして自分と繋がっていく為の、

 

欠かす事の出来ない、

大切な一つ一つの気づきへと転換されていくんです。

 

私は、まだまだ視野が狭い人間なので、どうしても"自分、自分"という事でしか、書けない事もあります。

 

だけど、もっともっと広げた視野で捉えてみれば、それは自己との繋がりから、他者との繋がり、またはそれ以外のもっともっと沢山のものとの繋がりへと、イメージの幅を発展させていく事も可能な事ですよね。

 

因みに、タイトルにはINCLUSIVEっていう単語を一緒に使っています。

 

全てを含んだとか、包括したとか、そんな意味がある言葉になります。

 

まさに、そういうものだと思うんです。

私達の人生って、生活って、生命って。

そして、そこに遍くどんな要素の一つ一つでさえも。

 

まだまだ、根拠に欠ける、頼りない事しか書く事は出来ませんが、でも、なんて言ったって、

 

YOGA is LIFE。

またはLIFE is YOGAですから。

 

それこそ、生命が尽きるその瞬間まで、答え探しは続いていくものなのでしょう。

 

今日はこの辺で。

それでは、また。

 

※HPにコラムのように書いていた記事は、選別してこちらのブログに移しました。

HPはヨガポエムを、それ以外はブログにして今後も纏めていくつもりです。

 

 HP: LIFE INCLUSIVE

https://www.yoga-inclusive.com

分からなくても良い、という事で。

f:id:life-inclusive:20210122092849j:image

以前、東北のお米農家に住み込みでお仕事を手伝わせて頂いた事があるんですけど、そこで、こんな話しをしたのを覚えています。

 

今から25年位前にあった、米不足騒動の時の事なんですが、その時は、夏でもこたつに入る位寒くて、お米の収穫も例年の1割にも満たなかったそうなんです。


農作業って、実際想像通りに、それはもう毎日毎日、汗水流して、腰痛とも闘いながら、かなりの肉体労働だし、また農家の人には、そんな素人目線の感想だけには収まらない、様々な苦労なんかもあると思います。


だけど、場合によっては、その年の天候や、災害などにより、それら努力が全く報われなくなってしまう事も実際にはあるんですよね。


特に現代とは違って、慢性的に食糧も不足していたかもしれない、ずっとずっと昔の人にとってはどうだったのでしょう。


その年の太陽のご機嫌一つで、せっかく苦労して育てた作物も収穫出来なくなって、更にはもしかしたら、食べるものも無くなってしまうかもという、生存の危機に直面するような事もあったのかなと思います。


少し大袈裟な考え方かもしれませんが、そんな事を想像しながら、一つ考えてみても、いかに私達人間が、自然の恵の中で、あくまでも生かされてきている立場なんだというのは、改めて認識させられました。


私なんか居た期間は、1か月程だけでしたが、それでも当たり前の事として、それ迄以上に、ご飯粒の一粒一粒さえにも、心からの有り難みを感じるようにもなりましたよ。


因みに、何でこんな話しから始めたのかっていう事にも繋がるんですが、ヨガの中には、"太陽礼拝"と呼ばれる、いくつかのアーサナを連続して行う、定番のパターンみたいなものがあって、それって読んで字の如く、太陽への祈りが元になっていたりもするんですよね。


なので、そういうキーワードに、日頃触れたりもしていると、農家での生活とか関係なく、どうしても、太陽ってどういう存在なのかなとか、祈りって何だろうなとか、そういう少し背伸びをしたようなテーマに、取り留めもなく、思いを馳せる事っていうのが出てきたりもするんです。


だけど、実際そういう時って、そういう小難しい事を考えれば、考える程に、じゃあ祈りってなんだろうなと問うてみても、自分の中で答えなんて、上手く出ない事の方が圧倒的に多いんです。


だって難しいじゃないですか。

単純に。


祈りですよ?

スラスラって自信を持って言えますか?


私なんか未だに、自分の中で、これはこうなんですと、確信を持って言える事も殆どないかもしれません。


でも、開き直る訳じゃないけど、"分からない"ってそれ自体は、そんなに悪い事じゃないと思ってるんです。


特にヨガなんて、分からない事だらけだし、それこそ、ちょっと怪しいなとか思ってしまうような、普通に生活してたら聴き慣れないような、フレーズだって沢山出てきたりもします。


多分ヨガの事勉強したことある人なら分かると思うんですけど、ヨガの事勉強するからには、そういうのを、いかにも賢く分かってないといけないのかなみたいな、プレッシャーって結構あるんですよ。


もし周りがスラスラ分かってて、自分が分かってなかったら、何だか、取り残されているんじゃないかって、そんな焦る気持ちにもなるかもしれない。


また、世の中、何で?とか、どうして?とか、そういう説明を、要領よく求められる事って沢山あったりもするし、考えている事、思っている事を、相手に分かりやすく伝えていくのって、それは紛れもなく、大事な事でもあって、必要な事でもあったりします。


でも、これはあくまでも私が、なんとなく普段思ったりする事の一つとしてなんですが、そんな時に、もし無理して焦る気持ちみたいなものから、自分の中の本当の思いみたいなものを覆ってまで、"分かってます"とそれらしく言葉を当て嵌めて、誤魔化してしまうものがあるのなら、


正直うまく言葉になんか出来なくても良いので、自分の一番真ん中にあって、一番熱く、そして太陽のように、一番輝いているものを、


それをそのまま、大切にし続けて欲しいなとか、そんな事を思ったりもするんです。


例え、それが"分からない"であっても良いから。


実際には、分からない、分からないばかり言ってても、無責任みたいな感じにもなってしまうし、そういう訳にはいかない事もあるとは思います。


それに、分かるようになるという努力も大切な事。


だから、これは実際には、通用しずらい事になるのかもしれません。


でも、これだけは言いたい事として、そこから見える太陽は、どの角度から眺めてみても、それは皆んな同じ太陽なんだという事なんです。


それは、よく見ようと思えば思う程、まるで虹の色が反射するみたいにして、些細なものにも反応しながら、様々な輝きを持って見えてくるもの。


そこには、上手くこれはこの色で、あそこはこの色でみたいに、簡単には説明出来なかったりする事も結構あるんです。


ヨガなんて、これに加えて、更には月礼拝もあるんですから、既に太陽と、月だけで、お腹一杯になる位に、聴き慣れない不思議な事が、溢れるように見えていたとしても、おかしくはない。


勿論分かった方が良い。

でも分からなくても良い。


最初は、よく分からなくても、美味しいお米みたいに、噛めば噛むほどに味わいが出て楽しむ事が出来るのも、ヨガの魅力の一つだと捉えてみれば、


よく噛んで、

よく味わって、


自分なりのペースの中で、その学びを楽しみながら、最終的に肥やしとなっている事があれば、それでも良いのではないでしょうか。


段々と、何を書いてるかが、よく分からなくなってきてたりもしてますが、


まぁそこは、

分からなくてもよい、という事にして。 


少し、話しがズレてきちゃった所もありますが、今日はこの辺で。


それでは、また。

 

書きヨガについて

https://www.yoga-inclusive.com/pages/3626584/static

 

YOGA INCLUSIVE

https://www.yoga-inclusive.com

 

 

何も無くない

f:id:life-inclusive:20210122092708j:image

 

日々の変化って言うのは、基本的には凄く小さいものだし、通常、特に目立って何かがあるっていう事もそんなには無いんですね。

 

だけど振り返ってみた時に、一つでも、二つでも、一日の中で、あぁこんな事があったなって思い返せるものがあるっていうのは、些細な事だけど、それが私の中で凄く大切な、日々を積み重ねている事の実感でもあって、またそれが、その日、その日をちゃんと無駄にせず、大切に過ごす事が出来たのかなという事の、確認みたいなものでもあります。


実際、こうやって書く事もそうですよね。

 

ブログじゃなくても、毎日、毎日、日記みたいにしてその日の事を書き残しておくと、まず一番良いのが、後でこの日、この時こんな事があったなっていう事を確実に振り返る事が出来るんです。それもかなりピンポイントで。


普通、忘れちゃうじゃないですか。

何年の何月何日にどんな事をして、どんな事を考えて自分が過ごしていたのかなんて事。


何か特別な事があったりすれば別だけど、それ以外の日常は、流れるようにあっという間に過ぎさっていったりもする。

 

だけど、何も無いって思うような日常も、何でも良いから、書いてでも何でも、こうやって形として残しておくと、そこにはやっぱり、"有る"んですよね。


決して何も無い訳じゃないんです。


何でこんな事を書くかっていうと、私はですね、正直、少し前まで凄く焦りがあったんです。


あれ?何か何も無いなって。


気づくと、何歳になりました、あれから何年経ちましたっていう現実はあるんです。


でもそこに、私の中では、何も無いなって感じてしまうような時間しか無かったんです。


今だから思える事ではあるのですが、実際にはそんな事も無いんですよ。あの時の、あれやこれやの一つ一つが今の自分に繋がっている事は、今はちゃんと自覚をしている。


だけど、何も無いって、その時は凄く思っていたし、それは、あるがままとか、抗わないとは全く逆の事として。


これで良いって無理して言い聞かせる事はしてたけど、実際には、後悔や不安や焦りばかりだったと思います。


また、そう思わざるを得ない現実にも直面したというのもあるかもしれません。


どんなにこれで良いんだって、思ったとしても、現実は、甘くないんですよね。冷たいし、厳しかったりする事もあるし、分かりやすく、何かを積み重ねていないと、自分の中でどんなに何を頑張っているって言っても、中々そうは捉えてくれないことがあるのも、これは仕方ない事。


そして、それが凄く悔しかったっていうのもあるかな。


まぁその辺の事は少し置いといて。


とにかく、何も無いなって、そう感じでしまうというか、そう思わざるを得ない自分に直面していた時に、私の場合は書くっていうのが凄い力になったんです。


正確に言えば、これが力になるとか思って書いてた訳じゃなくて、自分の中の、焦りとか、不安とか、後悔とか、そういうあれやこれやを、その時の気持ちのやり場として、発散してただけなんですが、それでも毎日毎日、書いてたら、それは残っていくんです。確実に。だって書いてるから。


読み返してると、あの時こんな事を考えていたんだなとか、この時こんな事を感じていたんだなっていう自分の姿がちゃんと、一つ一つ残っているし、決して狙っていた訳ではないけど、それが少しずつ、少しづつ積み重なっていった時に、言い聞かせるとかじゃなくて、実感として、"何も無い訳じゃないんだな"って心からそういう風に思う事が出来たんですよね。


しかも、面白い事に、一つ一つがちゃんと繋がってくるんです。

 

あの時と、この時だけを離れた距離でとらえてみると、凄く飛躍しているように感じる事も沢山あるのですが、何日か単位で、それを追っていくと、そこにはしっかりとストーリーがある。


あの時の自分が、この時の自分にこう繋がってくるんだっていうのを、本当に形として、確認できたり、実感すると、まさに1日、1日無駄な事なんて何も無かったんだなって、自分で自分に対してちゃんと説得力を持って納得もさせられる。


これまでのヨガポエムも、今こうやって書いているブログもその中の一つである事は間違いありません。


だけど、形は何でも良いと思うんです。


私も、公にこうやって人に公開しながら書いてる事もあるけど、実はそれ以外に、外には公開出来ないような事も、もっとあれやこれや、それこそ日記というか何というか、ただ落書きみたいに書きまくってるような事も沢山あります。


でも、それら全部ひっくるめて"書きヨガ"ですから。


公開しようと思って書くものにも、そうじゃないものにも、それぞれに、それぞれの思いや感情があって書くものだから、そのどれもに、それぞれ自分の本質がある。


そして今日も、こうやって、ここに一つ形として積み重なった。

 

次は、どうかな?

暫く、公開が無くても、気にしないで下さいね。


その時は、自分の扉の中で、ひっそりと落書きしてると思います。


ところで皆さんは、今日一日どんな一日になりましたでしょうか?


まだ振り返るのは、少し早いかな?


たまには、そこで思いついた、あんな事やこんな事を、書いて残しておくのも面白いものですよ。


それでは、また。

 

書きヨガについて

https://www.yoga-inclusive.com/pages/3626584/static

 

YOGA INCLUSIVE

https://www.yoga-inclusive.com

 

 

まだまだ模索

f:id:life-inclusive:20210122092526j:image

 

それにしても、毎日寒いですね。

 


今年は、例年以上に寒さを感じる日常ではあるのですが、それもそのはずで、別に異常気象とかそういう事関係なく、実は今、単純に凄く寒い場所に住んでるんです。

 


先日の、大寒波では、最高気温で−6度って出ていました。

 


これ最低気温の間違いじゃないですよ。

 


最高気温で、これだけ低い気温っていうのは、神奈川に住んでるとまずない事なので、寒さとして感じる次元も、一段も二段も違う感じがします。

 


手足は痛いし、洗濯機は凍結して使えないし、浴室の蛇口は固まって動かないし、生活上のトラブルや不便も色々と絶えません。

 


だけどその反面、その事に対し、ドキドキしたり、イライラしたり、困ったり、そういった一つ一つ心の動きをまた、凄く新鮮な感覚の中で、楽しく味わう事も出来ているんです。

 


だって、当たり前だけど今まで経験した事がない事だから。

 


何か特別な事をしようとしたり、している訳でもないのに、こういう感覚を、些細な日常生活の延長の中で、味わい、そして蓄えていく事が出来るなんて、考え方によっては、やっぱり凄く楽しい事だなと思います。

 


例えば、もっともっと、切迫するようなトラブルに見舞われるとかなら、別ですよ。あーだこーだ考える余裕も無い程の事とか。

 


だけど、そういう類の事でもないんですよね。

 


足元を見れば、思ったよりも、余裕があったりする事もある。

 


この余裕が全く見えなくなってしまうと、そのまま凄く焦ったり、取り乱したり、ちょっとした心の動きに、そのまま感情が持っていかれそうになる事もあるんだけれど、

 


だけど、そういう時に、ふと我に帰るというか、でも、これってこうだよなって気づかせてくれる、そんな一瞬の間のようなものを、最近は持てるようになってきたのかなって思います。

 


実は、こうやって、書きながらもそうだったりするんですよ。

 


だから、私は勝手に"書きヨガ"って言って、やり続けてるんです。

 


どうして、それがヨガなんだって思うのかもしれませんが、イメージとしては、ワーッてあちこち散乱しているようなものが、書きながら、言葉や文章でまとまり一つに繋がって(yuj=yoga)、あぁこういう事なんだなって、またあるべき状態にと、収まるような感じかな。

 


yogaの語源がyuj(繋ぐ)という語源から来ているのは、ヨガの事勉強した事のある人だったら、ご存知ですよね。

 


何が繋がるんだろうって考えた時の、イメージと書きヨガをやって、繋がった!って思った時の感覚が、私の中でただしっくり来たんです。

 


イメージとか、感覚とか、抽象的な表現ばかりが続いて、すいません。

 


まだまだ、私自身が、こういう曖昧な言葉でしか、書きヨガの事を伝えられないんですよね。

 


でも、曖昧だって悪い事じゃない。曖昧だからこそ、きっかけによって、あちこち不思議な形で、膨らんだり、広がったりする事もある。

 


どんな風に広がって、膨らんで、そしてどんな風に繋がり収まるのか。

 


楽しみ?

不安?

 


でも、一つ一つが、やっぱり新鮮で楽しいんですよね。

 


その不思議な形を見つけに、書きヨガは、これからも、まだまだ模索を続けていくつもりです。

 


ところで皆さんは、どうですか?

寒いのは得意ですか?

 


私は、あまり寒いのは得意ではなかったのですが、ここでこの寒さを経験しといたら、これから少し強くなる事が出来るかもしれません!

 


これも、捉え方ですね!

 


それでは、また!

 

書きヨガについて

https://www.yoga-inclusive.com/pages/3626584/static

 

YOGA INCLUSIVE

https://www.yoga-inclusive.com

 

 

これだけでも成長

f:id:life-inclusive:20210122092459j:image

 

久しぶりにブログを書きます。


実は以前、HPの方と連携させながら、アメブロも利用していたのですが、HPで更新しているものと内容が、全く同じになっていたので、これでは、あまり意味が無いかなとか思い、一度アメブロの方は退会し、HPのみで、ヨガポエムの更新を続けていました。

 

おかげ様で、最初はあんなに拙かった、ヨガポエムも、ある程度書き続けていく事で、こういうものを書けたら良いなと、自分で追いかけていたものにも近づいてきて、一定の満足感のようなものも得る事が出来ています。


勿論、内容としては、まだまだ下手くそな所もありますよ。

 


私は何かを書くプロとかでもないし、我流でずっとやり続けて、あとから読み返して、読みづらい!って慌てて直したり、削除したりする事も沢山あるし。


でも、言ったら、勝手に一人でやってるだけだから、誰と比べるとか、そういう事がまずないんですよね。凄く健全。


だから、これは純粋に自分と向き合った中での、自分に対する純粋な満足感とも言えるかもしれません。


だけど、それと等しくして、実は若干の疲れのようなもの、もっと率直に書くと、飽きのような感情もあるんです。


ずっと、ずっと拘って、こういう風に書きたい!みたいに気持ちを偏らせて書いていたりもして、今は、"ヨガポエム"も大事だけど、一回その偏りを外した中て、タイトルに拘らずに、もう少し自由に、自分の思いや、感じた事を、そのまま綴ってみるのも良いのかなとか、そんな思いもあります。


あと、決して、ヨガポエムを手放すとかそういう事でもありません。これは私の中で、凄く凄く大切にしたいものだから。思い入れが沢山詰まっているんです。


それに、書きヨガを続けてきた事で、実は凄く大きな目標が出来たりもしたんです。


ブログをまた書こうと思ったのも、それが大きいかもしれません。

 

これから、書きヨガもどう展開していくかも分からないし、その目標もここではまだ書けないけれど、だけど、夢や目標なんてと言っていた自分が、ヨガポエムを書きながら、少しずつ意識を変容させて、今大きな目標を胸に秘め、そこに向かおうとしている。


これだけでも、紛れもない大きな成長なんです。


そうは言っても、根本は弱気な人間だから、まだ胸を張って堂々と公言するなんて事は、出来ないのですが、でも少しづつそこに向かっていきながら、その進捗というのかな、そういうのもブログで書けたら良いなとは思っています。


本当に、凄く久しぶりにブログも書いたのですが、あまり最初に書き過ぎると、後々更新していくのも、大変そうなので・・今日はとりあえずこの辺で。

 

また、更新出来るかな?どうだろう?


何はともあれ、寒い日が続いてますので、皆さんどうぞお身体には気をつけて。


それでは、また。

 

書きヨガについて

https://www.yoga-inclusive.com/pages/3626584/static

 

YOGA  INCLUSIVE

http://www.yoga-inclusive.com